白雪と木苺
それはともかく、人間からすれば怪物のアタシ達も、結局は動物の一部でしかない。全身が白いってのは、常に雪が積もっているようなところでもない限り、どうしたって目立つ。だから、アタシは捨てられた。それを人間は『酷い』って思うかもしれないけれど、アタシはその選択を恨んでなんかいないよ。もしもアタシが親だったら、アタシだってソイツを捨てていただろうからね。それだけ、自然界で生きてゆくってのは大変なことなのさ。
そんな死にかけのアタシを拾ってくれたのが〝マールナ〟っていう人間のオンナだ。拾った理由は『汚れていて可哀想だったから』だってさ。ほんっと馬鹿だよねえ。マールナのヤツ、アタシが小鳥かなんかだと思っていたらしくて、それが怪物だとも知らずに拾ったんだよ。まあ、アイツはアイツで両親を戦禍で亡くした絶賛亡命中のお嬢様をしていたらしいから、単に世間知らずだったんだろうけど――
それからのアタシはというと、人語の習得やら食生活への適応やらで忙しい日々を送っていた。けどね、あの時はアタシなんかよりもマールナのほうがずっと苦労していたことをアタシは知っている。アタシを拾ってしまったばっかりに、マールナはどこへ行っても『魔女』だなんだと迫害されていて、定住先なんて見つかりゃしなかった。
アタシだって何度も言ったんだよ。そんなに辛い思いをするくらいなら、アタシなんか捨てちまえって。捨てられたところでアタシは元のハルピュイアに戻るだけだし、それでアタシが死んじまったならそこまでだろ。それは後回しにされていた運命を粛々と迎えるだけに過ぎないんだから、気にする必要なんてない。アタシとしては、わりと強く言ったつもりだったんだけどね。
だのに、アイツったら全く聞きやしないんだ。しかも、その度によく分かんないことを言ってくんのよ。『私にはアナタしかいないから』とか『私はアナタのために生きると決めたから』とか。それってどういう感情なワケよって感じ。アタシら、ハルピュイアはメスしか存在しない種族だからね。そんな『情』を持つ余裕なんて、これっぽっちも存在していない。
アンタなら知っているかもしれないが、ハルピュイアは産卵に適した季節が近付くと、子孫を残すためにありとあらゆるオスを見境無く襲うんだよね。ハルピュイアが怪物とされるのは、そういう無情な性質からなのさ。
まあ、そう言ってるアタシもアタシで、さも当然のようにマールナとは旅を続けていた。ふと気が付いた頃にはマールナもすっかりイイ歳の大人になっちまっていて、最後は偶然通りがかった廃村――ココのことだね――を最終的な定住先とした。立地は最悪だが、そのほうがお互いに都合が良かったから構わなかった。それでも大変だったのが、あのマールナだ。
アイツ、お嬢様だからとかじゃなくて、元から不器用だったんだ。そんなんだから、放置されていた林檎の木を剪定したり、周辺の動物を狩っては切り分けるようなことも、最初は全てアタシがやっていた。林檎だけは後からマールナが管理するようになったけど、アタシも林檎だけじゃ飽きるからと近くの森で生えていた木苺を採取して育ててみることにしたんだよね。
そしたら、マールナがえらく喜んでさ。聞いてみたら『小さい頃は〝木苺のマールナ〟って呼ばれていたの』とか言って、無邪気に笑うんだ。アタシは『偶然だよ』とだけ返したけど、久しぶりにマールナの笑顔が見れたのが嬉しくって……
それで、ようやく理解したんだ。どうして、彼女が自分を犠牲にしてまでアタシを引き止めていたのかって。分かってしまえば至極単純な話だった。内心では物凄く後悔していたよ。アタシはどれだけ馬鹿なんだろうってね。
――ああ、そうさ。本当はアタシもマールナのことが好きだったんだ。怪物ではなく、家族や友達として向き合ってくれた彼女をアタシも失いたくはない。だから、アタシはこれからもマールナと共に生きてゆく。ハルピュイアとしてではなく、ちょっと毛深い人間のオンナとしてね。
さあ、珍しがりやな旅人さん。これで話は終わりだよ。家でマールナが飯を作って待っているんだ。きっと、あんたの分も作ってくれているだろうよ。どうだい、御馳走になってみるかい?
はあ? 騙しているのかって? やめておくれよ、アタシはとっくの昔に腐肉食性なんかやめちまったんだ。どこに騙す理由があるってのさ。だから、とっととアイツに挨拶をしていきな。宜しく頼んだよ。
2,000文字の物語 [2024.06.18]
純白のハルピュイア
本来、ハルピュイアは誰にも名を与えない。彼女らにとって個体名など腹の足しにもならぬという考え方であり、実際にその方が合理的であったからだ。
しかし、このハルピュイアはマールナという女によって古くから名を与えられていたらしい。その時点で、彼女は既に『ハルピュイアという分類の生物』の段階を一つ踏み越えていたのかもしれない。
そんな『ちょっと毛深い